【笑止旋盤・不幸旋盤】

・・・わたし流の研究・教育のスタイル・・・

 新しく実験装置を立ち上げるには本来は少なからぬ研究予算が必要です。しかしながら、現在のところ研究に必要な既製品を購入するのに十分な研究予算がありません。そこで、大学近郊のホームセンターで工具類をポケットマネーで買いあさり、秋葉原のガード下にある電気屋街を彷徨ってIC・トランジスタ・抵抗・コンデンサ等の電気部品を探しまわって私財を用いて購入しております。一度にあまりにも高額な物品を買うと、家族にばれてしまって怒られますので、その辺は適当に限度額を設定しております。また、大学の金属工作室にある旋盤・フライス盤等の工作機器を用いて電流導入フランジ・イオン電極を製作しております。さらに、はんだごてを振り回して、高圧直流電源・高周波電源等、実験装置に必要な電気回路類をも自分自身で組み上げようと考えております。最終的には、これらを組み合わせて、エレクトロスプレーイオン源・飛行時間型質量分析計・四重極質量分析計を手作りで製作しようとしております。時間と手間・労力を惜しまずに、主要な物品を全て手作りすれば、大幅な研究予算の節約にはなります。(だいたい1/3〜1/5の予算で製作できます。)確かに「千里の道も一歩から」という感はあります。ときには焦燥の念に駆られることもあります。短い期間ですぐに研究成果を問われることが多い今日の社会情勢において、このような研究スタイルは時代錯誤であり「笑止旋盤・不幸旋盤」というべきなのかもしれません。しかしながら、装置の物品を手作りすることによって、既製品にはない、オリジナルな用途・仕様・性能を持つ実験装置を開発することが可能となります。

 また、新しく実験装置を手作りで製作することを体験させることは、学生に対する教育的な意義も深いのだろうと感じています。一般的に、今の若い世代は、物質的に豊かな現代社会に生まれ育ったために、何事も事前に膳立てされているものと錯覚しているのではないでしょうか。インターネットやテレビゲーム等、画面に映るバーチャルな世界に浸っているために、現実と仮想現実の区別が曖昧になっている者も少なくないのではありませんか。鉛筆より重いものを持ったことがなくて、ナイフもペンチも触ったことすらない、果ては下宿で自分の食事を調理することもできない、という学生がいるようにも聞きます。こんなことでは断じていけません。戦後、焼け跡から立ち上がったかつての日本人の魂を想い出そうではありませんか。

 今日、産業の空洞化に関する問題がクローズアップされてきました。現代の日本人は自分自身でものを作ることが少なくなった、とも聞きます。町工場の腕利きの職人さんの人数が減った、とも聞きます。一方、大学の研究室において、学生に完成された既製の全自動の実験装置をあてがい、学生が単に実験装置のスイッチを押しているだけような研究では、とても教育を施しているとは言えません。そのような教育しか学生に対して施せないならば、それこそ「大学教育の空洞化」だと思います。何もないがらんとした実験室に自分の作った部品がひとつづつ組み上がっていくことは、なんとも言えない充実感があるはずです。これはまさに無から有を生み出すプロセスです。これこそ真に創造の喜びです。これこそ教育の理想の姿です。このように研究はもちろん教育にも本来長い時間がかかるものです。学生諸君!!大変かもしれないけれど、精一杯頑張って力を合わせてつくりましょう。ときどき居酒屋でおごりますから。